札幌地方裁判所 昭和63年(ヨ)839号 決定 1989年7月24日
債権者
坂田忠男
右訴訟代理人弁護士
猪狩久一
同
猪狩康代
同
市川守弘
債務者
鈴蘭交通株式会社
右代表者代表取締役
富樫和子
右訴訟代理人弁護士
林信一
主文
1 債務者は、債権者に対して、平成元年一月二一日から本案第一審判決言渡しに至るまで、各月二一日から翌月二〇日までを一か月として毎翌月二五日限り一五万円を仮に支払え。
2 債権者のその余の申請を却下する。
3 申請費用は債務者の負担とする。
理由
(当事者の申立)
一 債権者
1 債権者が、債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
2 債務者は、債権者に対し、四五万三六三八円及び昭和六三年一一月二一日より、当月二一日から翌月二〇日までを一か月として毎翌月二五日限り二一万九六〇〇円を仮に支払え。
3 申請費用は債務者の負担とする。
との決定を求める。
二 債務者
1 本件申請を却下する。
2 申請費用は債権者の負担とする。
との決定を求める。
(当裁判所の判断)
第一被保全権利
一 本件疎明資料及び審尋の結果によれば、以下の事実を一応認めることができ、これを左右するに足りる疎明資料はない。
1 債務者は、一般乗用旅客自動車運送等を業として、営業用車両六三台、従業員約一七〇名(このうちタクシー運転業務に従事する者は約一五〇名)を擁する株式会社である。
2 債権者は、昭和六〇年八月二六日、債務者との間で、労働契約を締結し、以後、同六三年九月一九日、債務者から解雇の意思表示を受けるまで、タクシー運転業務に従事してきたものであり、解雇に際して、債務者から、解雇予告手当として平均賃金二一万九六〇〇円の支払いを受けた。
債権者は、この間、債務者から、次のとおり、四回に亙る懲戒処分を受けていた。
(1) 昭和六一年八月八日 乗車拒否により債務者の就業規則六二条五号「出勤停止 始末書を取り一四日間以内出勤を停止しその期間中の賃金を支給しない。」の規定に基づき、三日間の出勤停止処分を受ける。
(2) 同六二年二月二八日 乗車拒否により同条六号「格下げ 始末書をとり、その従事する職種の階級を引下げる。」の規定に基づき、本採用を取り消され試用員とする処分を受ける。
(3) 同六三年一月二〇日 通行人との間で傷害事件を起こしたことにより同条五号出勤停止の規定に基づき、三日間の出勤停止処分を受ける。
(4) 同年六月一三日 業務上の指示を順守しなかったことにより同条七号「懲戒休職始末書をとり、三ケ月以内の期間休職とする。」の規定に基づき、一か月の懲戒休職処分を受ける。
3 債権者は、昭和六三年九月五日、債務者に対し、同人の妻との旅行に利用するため、就業規則所定の手続に従い、同月一七日午前七時四五分から翌一八日午前一時四五分までの勤務割当日について、年次有給休暇とする旨の時季指定をした。
4 ところが、債務者は、債権者が旅行に出発する予定の昭和六三年九月一五日に至り、債権者に対し、時季変更権を行使して、同月二一日以降に有給休暇を認めることとして、債権者の指定した時季における有給休暇を認めなかったことから、債権者と債務者の配車係野村親彦及び同営業課長木下勲(以下「申請外木下」という。)との間で債務者の右措置を巡り、口論となり、債権者は、自己の指定した時季に有給休暇を取得したものと判断したが、債務者に対して、欠勤届を提出したうえで、当初の予定どおり旅行へ出発した。
昭和六三年九月一七日、一八日の両日につき、有給休暇を届け出たものは債権者外四名いたが、債務者は、このうち、債権者外二名について、時季変更権を行使した。
5 債権者が、昭和六三年九月一九日、旅行を終え出勤したところ、債権者は、債務者業務課長山田隆義及び申請外木下との間で、同月一五日における債務者の時季変更権行使を巡る紛議及びその際の債務者の態度について、さらには、債権者の反省の意を表明し、今後の規律維持を約するための誓約書作成の要否を巡って、再度口論となったことから、債務者営業次長村上吉一は、同日、債権者に対し、債権者の同月一五日及び同日における債権者の態度は債務者の就業規則において従業員の懲戒解雇事由を定めた第七三条のうち五項の従業員が「一回以上懲戒処分をうけたにもかかわらず尚悔俊の見込みがないとき」に該当するとしたうえ、債権者に対して、普通解雇をする旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)。
三 以上の事実に基づき、債務者のした本件解雇の効力について判断するに、前記認定事実によれば、債権者は過去に四回の懲戒歴を有するところ、債権者の右両日の前記各言動は、債務者の業務上の指示と対立し、反抗的な態度を示す面が認められ、この点に着目すれば、債務者が掲げる前記解雇事由、債務者の就業規則七三条一三号所定の「職務上の指示命令に不当に反抗して事業上の秩序を紊したとき」又は同三〇条八号所定の「会社の業務運営を妨げ又は著しく協力しないとき及び誠実の精神が認められないとき」との解雇事由に形式的には該当するものといえないではない。
しかしながら、債権者の前記各言動は、債権者の有給休暇の時季指定に対する債務者の時季変更権の行使に端を発し、時季変更の適否をめぐる紛議の過程で行われたものであるから、債権者の右各言動が解雇事由に該当するか否かを判断するに当たっては、債務者の右時季変更権の行使の適否が重要な判断要素となることを免れない。
そこで、この点について検討するに、時季変更権の行使は、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合に限り認められるものであり(労働基準法三九条四項)、「事業の正常な運営を妨げる」か否かは、企業の規模、有給休暇請求者の職場における配置、その担当する職務の内容、性質、繁閑、代行者の配置の難易、時季を同じくして有給休暇を請求する者の人数等を総合して判断すべきものと解されるところ、債権者の従事するタクシー運転業務は一般に容易に代替性の認められる職種であって、代行者の確保にはさほど困難を来すものではないと考えられ、また、債権者と同じ時季に有給休暇を指定した者は債権者を含めて五名に過ぎないことに照しても、多数のタクシー運転手を擁する債務者において当該日に勤務予定でない運転手等の中から代行者を確保することが困難であったとは考えられないのであって、業務の繁忙性あるいはその他の理由によって事業の運営が妨げられるものであったことにつき十分な疎明があったものとは認め難い。
以上に鑑みると、債務者の債権者に対する時季変更権の行使は無効であったというべきであり、したがって、債権者の前記各言動は、債務者の右のとおり無効な業務上の指示に対抗する意図に基づいてなされたものであるから、この点を考慮すると、債権者の前記言動は、その態様において激高の余り粗野な点がないとはいえないとしても、これをもって前記各解雇事由に該当するものとは認めることができない。また、普通解雇の事由が就業規則所定のそれには限定されないものと解すべきものとしても、前記各言動を理由として債権者を解雇することは、解雇権の濫用であって、その効力を生じる余地はないものというべきである。
四 したがって、本件解雇は無効であるというべきであって、債権者は、債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位にあり、賃金請求権を有しているということができる。
第二保全の必要性
本件疎明資料及び審尋の結果によれば、債権者は、本件解雇に至るまでもっぱら債務者から支給される月額平均二一万九六〇〇円の給与により生計を維持していたものであるところ、債務者は、本件解雇の翌日である昭和六三年九月二〇日以降、債権者の就労を拒否し、債権者に対して同日以降の賃金を支払っていないこと、債権者は、本件解雇後は同年一二月末まではコンクリートミキサー車運転のアルバイトに従事し、一か月あたり約一〇万円の収入を得て、同人の妻との生計を賄い、また、同居する妻の両親らとの共同生活費の一部を分担していたが、現在では無職となり、同人の妻や義父の貯金を取り崩して生活を送っていることの各事実を一応認めることができる。
右事実に北海道における平均消費支出、債権者の従前の生活状況等を勘案すると、債権者には平成元年一月二一日から本案第一審判決言渡しに至るまで各月二一日から翌月二〇日までを一か月として毎翌月二五日限り月一五万円を限度として賃金の仮払いの必要性があるものと認めるのが相当である。そして、右の限度において本件仮処分申請を認容する以上、それとは別に債権者が債務者との間の労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める保全の必要性があるものとは認められない。
第三結論
そうすると、債権者の本件仮処分申請は、主文第一項の限度で理由があるから、保証を立てさせないでこれを認容することとし、その余は保全の必要性につき疎明がなく、保証を立てさせて疎明にかえることも相当ではないから、これを却下することとして、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条及び九二条の各規定を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 村上敬一 裁判官 山下郁夫 裁判官 渡邉英敬)